第一話

構成・文 菅 正太郎

 無邪気だったと思う。
 自分が本気で話をすれば、通じない相手などいないと考えていた。「話せば分かる」それこそが世界を司る隠れた法則だと信じて疑わなかったし、自分は誰よりもその法則を熟知し、うまく使いこなせる万能の使役者だと考えていた。

 人と人は「話す」ことによってつながり、そのつながりの強度こそが、世界を形作り、あるいは脆弱なものにする―――平和な状態も諍いが絶えず起こっているような戦争状態も、その時々で誰が誰に対し、何を本気で「話す」か、もしくは「話さない」かですべてが決まると考えていた。

 2万年前の地球に思いを馳せる時―――自分があの時代にいれば、あの災厄を止めることができたのではないか。そうすれば、50光年以上も離れたこの散開星団に国を築くこともなかった。そして、今また繰り返されようとしている戦争そのものが起こることもなかったのではないか―――俺は無邪気にもそう考えていたのだ。

 だが現実には、俺一人の力では何も起こらなかったし、何も止まらなかった。
 アイツは…、ディセルマインは―――、俺をこの辺境の惑星ウ・ゴーに追い落とした。

×      ×       ×

 ディセルマインと初めて出会ったのは、5才だか6才の頃、父に連れられ訪れたポリヘドロン国際会議の席上だった。互いの父がそうであったように、俺とアイツは、近い将来必ず「話す」相手として紹介された。レ・ガリテの、そしてデ・メトリオの第一王位継承者として、俺たちは互いを認識した。
 友情と呼べるようなものがその時、すでに芽生えていたものか記憶が定かではないが、物心ついた時には、俺たちは互いを「親友」と呼び合っていた。
 その言葉の意味の違いなど気に留めることもなく、俺たちは互いの宮殿を訪れては文字通り走り回り、いくつもの調度品を台無しにしては、互いの父や親族、従者たちの眉間に深い皺を刻ませた。
 その頃には、ポリヘドロン中に、両国のこれまでにない緊密ぶりとそれを下支えする両王子の友情として、残り5つの恒星系に知れ渡っていた。

アイツがなぜ俺を必要としたのか、正確なところは分からない。男女の仲でもないのだ、自分にとってなぜ相手が必要であるかなど、ましてや子供である自分たちが言葉にすることもなかった。少なくとも俺はそれを口にしなかったし、あの時、ディセルもそれを口にすることはなかった。
 突然の死を迎えることもなければ、互いに王となる立場は約束されていたし、文化レベルや生活環境が比較的近しいことも友情を深める意味では重要だったかもしれない。ポリヘドロンの中には、「ン・ヤガ」や、「ア・ラマーン」のように、まったく異なる文化体系を持つ恒星系も少なからず存在するからだ。
 あの頃の俺には、ディセルの「声」が必要だったし、きっとディセルには、俺の「声」が必要だったのだ。

×      ×       ×

 レ・ガリテ王宮の地下に広がる広大な書庫に入ったのは、出会ってから5年から6年を経た10才前後のことだった。
 光溢れるレ・ガリテの建築物の中にあってここだけは異様に暗い場所であったことをよく覚えている。王宮に出入りする者の中でも、王族以外にはごく一部の限られた人間にしか入室を許可されないレ・ガリテ王室の記憶が眠る場所―――
 ディセルマインは、俺たちが迎える何度目かの別れの日を前に、俺をこの静寂に包まれた場所に招き入れた。

 どうあっても手の届きそうにない高さの書棚が幾列も並ぶ通路を歩きながら、ディセルは、「ここにはポリヘドロンが始まる以前からの記憶も眠る」と言った。

 およそ2万年前―――ポリヘドロン一千億の民の礎となる、数万人の人々が、50光年離れた宇宙の先にある地球という惑星から脱出した。彼らは宇宙をさまよいながら、数多の死を乗り越え、子をなし、次こそはと安住の地を求め、ついに今ある七つの恒星系に辿りついた。

 王たるものとして、このポリヘドロンに住まうものとして―――と、ディセルは、この連綿と紡がれてきた命の連鎖に想いをはせぬわけにはいかぬと語り始めた。これまでの交流は全てこの告白にこそあるかのように、彼は幼少のころから一人、想像をめぐらせてきた数万年に及ぶ人類の歩みを俺に語って聞かせた。
 デ・メトリオとて、レ・ガリテほどの歴史を持たずとも七つの内のひとつを担う王家の端くれ。自分たちの祖先が辿って来た道程を知らぬはずもない。ただこの時のディセルは、教科書的に学びとった、俺の知識を全て否定するかのような勢いで、「もっと具体的に想像しろ」と暗に語りかけてきた。名も無き、あるいは光も無き、星の片隅で、安住の地だけを夢に描き死んでいった命の数々を―――

 この時、俺が考えていたことを、ディセルマインが知っていたなら、俺たちの運命は大きく異なっていたに違いない。あの時の俺に「だからどうした」と笑い飛ばしてやるなんて芸当ができていれば、案外全ては丸くおさまっていたのかもしれない。戦争などにもつれこむこともなく、今ある平和を享受できていたのかもしれない。
 だが、この時の俺にはディセルの義務感も、想像力も思いのほか幼稚にみえた。だから実は途中から聞いていなかった。しかし、とても深く友情を感じてもいたから、最後に一言「分かったよ」と言ってやるつもりだった。
 そして、実際に俺はそうした。

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 ディセルマインを見下したことなど一度もない。
 アイツが王宮の下で、「王たるものの務め」として悠久の彼方に消えた名もなき人々の人生を、空想のままに拾い上げる行為そのものに対しても、尊敬の念すら抱いていた。「コイツのためになら、コイツの信じる道であるのなら、どこまでも共に歩んでやろう」本気でそう考えていた。

 年の頃―――13から14。ポリヘドロン中の多くの王侯貴族の子息たちがそうしたように、レ・ガリテの王立アカデミーに留学を決めた俺は、その決意と友情を、公言しないまでもある種、公然の事実として、ディセルと机を並べた。

 その時、俺は想像もしていなかったのだ。この誰よりも王たらんと、勤勉に勤勉を重ね、それを苦とも思わぬ、生まれながらにしての王―――ディセルマインを公然と否定する男がいることなど…。

 男の名前は、ジュディアーノ。パ・ドロス・ジュディアーノ。名の通り、パ・ドロス恒星系の王を父に持つ、後にディセルマインとの間に、一大星間戦争を引き起こす男である。

―――#2に続く